小太郎ブログ

 
 

レースに勝ってしまった!?

  1. 11:55:11
小太郎は過去に1レースだけ、GS用の板でSLのレースに出たことがあります。
なんでそんな非常識なことをしたかというと、その前のレースで板を折ってしまったんです。

小太郎が大学3年のその年はレース用スキー板の革命の年でした。今主流のカービングスキーがはやった最初の年だったんです。

小太郎はその年は2セットのSL用の板を用意しました。しかし、練習で一本板を折ってしまい、折れた一本を2セット目のものと交換してまた折り、(つまりここで1セット分折った)残る1セットでレースに出場しました。

そしてレース序盤で板を折ってコースアウトしてしまったんです。

なんでこんなに板が折れたかというと、


まっすぐ突っ込んで強引に曲げる小太郎の滑りに欠陥があった

スキー板のトップ部分の造りが従来どうりの造りで、カービングスキーとするには強度が足りなかった(次の年のモデルは全てトップ部分にキャップと補強がしてあった)


の二つの欠陥が合わさり、要ははじいた旗門でスキーの弱い部分を叩いた為、スキー板を破壊してしまったと考えられます。


もうSL用の板は1セットの片側しか残っていません。でも、その次の大会はスキー部が例年力を入れている大会。

小太郎はその大会コースと相性がいいのか、SLは一昨年、昨年と連続入賞していて、それなりの成績を期待されていました。

どうしても出ないといけない大会。でもSL用で用意できるのはもはや時代遅れになった昔の板。

仕方ないので以前の板をテストしてみましたよ。


結果は全くだめでした。そのシーズン、新しいスキー板にあわせて滑りを変えてしまったため、昔のスキーでは曲がれないし、無理に曲げようとするとコントロールできなくなり、旗門をまたいでしまいます。

こんな板じゃあだめだ・・・

少しでも今年の板に近い板を探さないと・・・

見つかるわけがありませんよね。そんなものがあれば使ってますもの。

やけくそになった小太郎は大会前日、GS用の板でSLの旗門を滑ってみたんです。


ん・・・・?


滑れる・・・・!?


昔のSLよりこの(GSの)板のほうが滑りやすいぞ・・・


決定!!



こうしてGSの板に決定しました。




そして大会当日。一番スタートをいただいた小太郎を見る周囲の視線がいつもよりはるかに冷たい。


明らかに


こいつ、レースをなめてんじゃあねぇか?

と言いたげな視線です。

当然です。一番スタートをいただいたレーサーが


明らかにGSという文字の入った板を履いて


SLのスタートに立っているんです。


冷たくて当然です。


スタート台というより処刑台です。

やっとスタートし、処刑台から開放され、開き直った小太郎は快調に滑り降り

どうせろくなタイムは出ないからどうでもいいや

と、難なくゴールしました。出したタイムは52秒台前半。前に滑った女子選手のタイムはベストが58秒台なのでまあまあかな、と思っていました。

しかし後から来る選手はほとんど54秒台。一番速かった選手が53秒台後半・・・


計測ミスか?と訊きに行きましたよ。でも計時主任いわく、

あなた一番スタートでしょ。2番3番ならともかく一番スタートの選手のタイムを計り間違うことはありえない。いいじゃない。タイム良かったんだから。


といわれてしまったんです。

本当に速かったのか?と疑問に思いつつも、ビデオを見てみると、確かに他の選手よりちょっと速いようです。

なんと公式結果になってしまい、一本目のベストタイムを取ってしまいました。しかもそのままリードを保って優勝してしまいました・・・


さすがにあせりましたよ。他の選手からは

どこで旗門を抜かしたんだ?


と聞かれるくらいの異常事態でしたから。

どの選手もGS用の板仕方なく出場しているやつ

に負けたのが悔しいらしく、しばらく口を利いてもらえませんでした。

 
 
 
 

食中毒

  1. 11:48:04
小太郎は過去に何度か食べ物にあたったことがあります。中でもひどかったのをひとつ・・・

小太郎が高校一年生の年、(当時の)全日本スキー連盟の会長が持っているスキー場(今は存続がどうの、と言われています)でインターハイの新潟県予選会が行われました。事前合宿から調子のよかった小太郎は今年こそ全国大会に出れるかもと意気込んでいました。

大会は三日間開催だったので、トレーニングのために開催の前の日に宿に入りました。その宿は養殖場を兼業している民宿なんですが、その日の夕食は巨大な虹鱒と猪豚。虹鱒は50センチくらいあります。しかも仲間で魚が食べられない人がいたので、巨大な虹鱒二匹たいらげる羽目になりました。
普段ならめったに食べられない猪豚を味わって食べる所だったのが、虹鱒のせいでがんばって食べることに。
そのときもう少し気を使っていれば・・・

次の日の大会は、案の定体が動かず、酷い滑り。でした。(もともと、と言う説もある)

さらに次の日もなぜか体が動かない。結局、期待とは裏腹に、散々な結果を得て松之山に帰ることに。

がっくり肩を落として帰る途中、先輩Aさんの様子が変。やたら辛そう。松之山までの間に何回も車を止めてもらって吐いていました。

その日は実は小太郎の曾祖母が亡くなった直後で、実家に帰るとたくさん料理がありました。

体調があまりよくないのにスキーで失敗した悔しさと曾祖母が亡くなった悲しさでやけ食いする小太郎。結果は次の日。に来ました。

朝の日が明ける前から吐き気、頭痛、脱力感、めまい、耳鳴り。小太郎はてっきり風邪を引いたものだと思っていたんですが、学校に連絡してびっくり!

小太郎:もしもし、一年の小太郎ですが。


先生:ああ、お大事に。


小太郎:え?先生、僕が具合悪いの知っているんですか?


先生:あぁ、食中毒でしょ。スキー部はS先生しか生き残

っていないよ今日、病院に行ってきなさい。



聞いたとたん、めまいがしました。そのときすでに、全身が痺れだしていて、家では病院にいく話で決まっていたんです。まさか、あんな反応が来て、この体調不良の原因が食中毒だとは。

親から病院に連れて行ってもらったんですが、ちょうどそのとき我が家の車は車検中。代車は軽自動車だったんです。いつもに増して揺れる車体。小太郎の容態はさらに悪化しました。病院に着く頃には一人では歩けないほどの状態に。

その後はどうやって病室に行ったのかはっきりとは覚えていません。ただ、病室に着いたら、スキー部の同級生が待っていたのでした。

結局二日間入院し、一日休んだら次の大会に出かけていきました。当然、その大会も成績がいまいちでした。会場で話題になっていたことは

食中毒は宿で起きたらしい

あの養殖場、チョウザメの繁殖に成功したらしい。(食中毒を出したところがよくもそんなこと発表できたな!)

あわせて10人くらい入院したらしい

原因は猪豚らしい

保健所の調査が遅れて(松之山はその地区の保健所の管轄地区外)原因がわからずじまいらしい

小太郎が死に掛けたらしいぞ(笑)

でした。

 
 
 
 

ガードレール

  1. 11:46:04
小太郎が社会人になった次の年の話です。
当時小太朗は勤めていた会社に嫌気が差していて、雪が降ると連日夜の峠にドリフトして遊びに行っていました。
最初は登りのカーブだけでドリフトして遊んでいたんですが、飽き足らず、下りのカーブでもドリフトで攻めの走りをするようになっていました。

そのときは中途半端に雪が降り、いつもドリフトして遊んでいた所に十分な量の雪が無かったんです。しかし、いつもは危険だからと行かない峠の反対側には十分な量の雪がありました。

誘惑に負けて危険な側に行く小太郎。

下り始めて最初の直線から最初のコーナー、二つ目のコーナーをクリアした小太郎。その次のコーナーをちょっと速めのスピードでクリアしました。さらにその次のコーナーは手前のコーナーより、少しゆるいコーナー。そのままのスピードで進入したところ、車はちょっと滑りすぎています。このまま行けばガードレール。

立て直さなければ! でもカーブの外側は崖。スピードが出すぎているため、、これより内側に進路を変えるのも無理。

などと考えているうちに車はガードレールに乗り上げてしまいました。

ほんとにあっという間でした。

雪の降る夜の山。凄く寒い思いをしてしっかりと頭を冷やした小太郎は、愛車を廃車にした一ヵ月後に会社も辞め、安らぎを求めて松之山に帰ったのでした。

 
 
 
 

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